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ひげおやじのひとりごと

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不思議なこと

こうやって、両親の事を書いているのは、自分に区切りをつけるためって言うのもありますが、今回の事の後、あまりにも皆さんに伝えたいことがありすぎて、落ち着いたらまとめてみようと最初から考えてました。
自分一人が感動するだけじゃなく、多くの人に凄い両親だったって知ってもらいたくて。(親バカならぬ息子バカでスミマセン・・・)


4月27日、水曜日、朝9時過ぎ、私は仕事をしていましたが、ヘルパーさんから電話がありました。
「ピンポン押したけどお母さんが出られない」って。
前の日に私がピンポン押した時もなかなかでなかったんで、まさか朝風呂でもあるまいしと思いましたが、直ぐに嫁さんに鍵を持って行ってもらいました。
ウチの嫁さんは3月末で会社を退職しまして、ちょうど家にいたんです、そしてマンションのカギも親父が亡くなるまでは両親が一つずつ持っているだけでしたが、一つを私が持って帰ってました。

鍵を開けたけど内側からチェーンが掛けてあるって、嫁さんから電話があって直ぐに大家さんに言うようにと言いました。
(偶然というには、あまりもなタイミングで、前日はじめて親しく話が出来た、あの大家さんです!)
しばらくするとまた嫁さんから電話があって「お義母さんが!お義母さんが!!」て叫び声・・・

お客様をシェービングしている途中でしたが電話の雰囲気を察知され「直ぐに行ってあげんさい!!」と言ってくださったので、お言葉に甘えてというか直ぐに駆けつけました。
4日前、親父が亡くなった同じ寝室で、うつ伏せに倒れているお袋を見たとき、「母ちゃん!がんばれ~っ!!」って言って、心肺蘇生をしました。
親父の時は、駆けつけて眠ったままの姿を見た瞬間、「あぁ、もう戻って来ないな」って言うのが正直な実感でしたが(体が少し冷たくなりかけてましたから・・・)
母は、まだ温かく、その時は何としても助けるぞと思い一所懸命でした。

既に嫁さんが119に連絡してくれてて、救急隊の方も直ぐに来てくれたんですが、蘇生もかなわず・・・
救急隊の方に「ゆっくり呼吸してくださいね」って冷静に言われ、初めて自分が過呼吸になってることに気づき、全身の力が一気に抜けたことを覚えています・・・
その後、直ぐに診療所の先生が来て下さいました。

忙しい先生なのに、随分長い時間おられるなと思ってましたが、よくよく考えると水曜日は診療所の休診日で、お世話になってるケアマネさんは診療所付きですし、当然ケアマネさん経由でヘルパーさんに来ていただいてるわけで、すべてがスムースに連携し警察も来るには来ましたが、アッという間に帰りました。

死因は『急性心筋梗塞』ということで、あっと言う間に逝ったのではないかという事でした。

親父の時に一番しんどかったのは警察の検死でしたから、後から考えると非常に助かりました。
なんせ、内から鍵をかけ、チェーンを掛けてて、大家さんに切ってもらい、発見したのはヘルパーさんと嫁さん。
掛かりつけの先生も直ぐに来てくれたので、事件性も全くないと・・・
(親父の時は夜でしたし連絡しても捉まりませんでしたから・・・)

駆けつけた姉が最初に行ったひとこと「なんで一人にしたんかねぇ」って。
一瞬、ホントに後悔しましたが、もし自分が泊まりでもしてて119してたら・・・
(イビキがうるさいと言われて、泊まる気はなかったですが・・・)
第一発見者は第一容疑者ですから、そういう扱いを受けていただろうと・・・
(実際、時間は少しでしたが警察の対応は酷いもんでしたから・・・)

姉も同じことを考えていたのか、二人で顔を見合わせて「そうか~」って。

親父が逝ったとき、お袋がずっと傍にいても寝たまんま亡くなってる。
あぁ・・・自分の人生に満足し、思い残すことが亡くなったら誰がいようがいまいが逝くときは行くんだと。
そんなことを感じると、お袋が「これで良かったんよ」「こういう風になっとったんよ」と言っているような気がして。
あぁ・・・後悔もさせてくれんなと・・・

お袋が口癖のように言っていたのは「いつ死んでも良い」と。
そういうたびに私は「そりゃぁいつ死んでもええよ。あとの事は自分じゃあ出来んのじゃけえ。行きとるけぇ色々しんどいこともあるんよ。そうじゃなくて、いつまで生きてもええと思うとかんといけんよ、そっちのほうが大事よ。」と、よく言っていました。
そのたびに「いつ死んでもええけど、お父ちゃんより先に逝けんけぇね。」
「お父ちゃんは内臓が丈夫じゃけぇ長生きするよ!あんた、覚悟しときんさいよ!!」って・・・

ホントに言ってた通り・・・・・・・・・・

考えれば考えるほど、そういう風に決まってたんじゃないかと。
タイミングが1日違っても、順番が逆でも、非常に困ったことになってた・・・
姉も言いましたが「子供らに相談せんと、まるで二人で話し合って決めとったみたいな、見事な幕の下ろし方じゃね」って。

葬儀屋さんに連絡するとさすがに絶句でした。

この時あらためて分かったんですが、以前、母は何故か父とは違う葬儀屋さんの互助会に入っていましたが、ちょっと前に内見会みたいなのに行ったとき勧められたらしく、例の金庫にあった書類を見ると、ちょうど1年前、去年の4月に100回払いの97回まで払ってる契約を解約して、父と同じ所に入りなおしているんですよ!

これがもし、違う葬儀屋さんとの契約が満期になっていたら、私もきっと迷っただろうと・・・
母が親父と同じ所にしていてくれたおかげで、迷うことなく同じ葬儀屋さんにお願いすることが出来ました。

式場は親父の時は直ぐ近くの会場が既に他が入ってたので次に近い会館でお願いしたのですが、母の時は両方空いてて、どちらにしましょうかと聞かれましたが、来られる方が迷うので同じ所でとお願いしました。

そして、祭壇から棺から何から、すべて同じにして下さいと・・・
骨壺のカタログも見ませんでした、親父の時、母が自分で気に入ったモノを言っていましたからね!

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そして、更に不思議なことがありました。
親父はマンションに固定電話を引いてませんでしたので携帯電話のみで、ずっと連絡していましたが、親父の葬儀の期間中は私も投げっぱなしで、その携帯を触ることもなかったんですが、母が亡くなって通夜の準備で会場に行くとき、そういえばこの電話でしか連絡付かない親戚とかいるかもしれんなと思い、持って行くことにしました。

式場の親族控え室で、その事をすっかり忘れておりましたが、甥っ子が「おじちゃん、携帯鳴りよるよ」っていうもんですから「え?わし、ここに持っとるよ」って・・・
紙袋がプルプルしてて、「あぁ、親父の携帯や」と。
切れたので番号を見ると、登録もしてなく、名前も出てない。
折り返しかけてみると、年配の女性が出られました、名前を言われたんですが、直ぐには誰かわからず、親戚じゃないしお客様でもないし・・・
ハッと思い出したのが、父が年賀状をやり取りしてる方だと!
と、いうのも両親の年賀状を私がパソコンで管理して毎年、印刷してたから、お名前に心当たりがあったんです。
私が聞いてた話だと、十数年前、親父が病院に入院した時、同じ病室になって意気投合した方がいると、お話ししてみると、やはり、その方の奥様でした。

親父の時も、お袋の時もそうですが、新聞の【お悔み欄】に出したので、それを見て連絡頂いたんだと思いました。
「息子なんですよ」とお伝えすると、「お父さん、いらっしゃいますか?」って・・・

へ?
あぁ・・・お袋の【お悔み蘭】を見られて、親父の事はご存じないんだと・・・
「親父は、5日前、自分のベッドで昼寝したまま亡くなったんですよ。多分、自分が死んだことにも気づいてないじゃないですかね?」
って言ったら、全然驚いた風もなく「あぁ、そうなんですか」と・・・


「実は私の主人も2年前に亡くなりましてね、その時に落ち込んで落ち込んで鬱になってどうしようもない時、お父さんに励ましてもらって、元気になったんですよ。」
「主人とお父さんは偶然同じ病室になって、最初は一人部屋に変わる様にしてたけど、佐田国さんと一緒の方が良いと。二人はモノの見方、考え方もそっくりで、顔は私の兄に少し似ているんですよ。」
「お父さんらしい亡くなり方ですね」って・・・

ウチの親父は人を励ましたり、そんなことをするガラじゃないって思ってましたから、最後に良いエピソードが聞けたな~って、ジーンとしてたんですが

「ところで、お母さんはお元気ですか?」って・・・

へ??ん????
・・・一瞬、どう言おうか考えましたが、正直に言う以外ないので「実は今、お袋の通夜の準備してるところなんですよ。」
「親父が亡くなった寝室で、同じように苦しんだ様子もなく、逝ったんですよ」って言ったら、これまた驚いた風もなく、

「まぁ~うらやましいね~!!なんともオメデタ・・・いや、おめでたくは無いわね。でも、本当に羨ましい!!佐田国さんらしい見事な人生の閉じ方じゃね!!」
とまで言ってくださって、私も気持ちがスーっと軽くなりました。
というのも、お袋の通夜の準備をしながら、親父の時、参って下さった方々が、きっと「掛ける言葉もない」「どう、お悔み言っていいか分からん」と思って来られるだろうから、お迎えするこっちが、逆に気を使うというか、どう迎えていいかわからんと・・・
それまでは、とにかく葬儀が全部終わるまでは気を確かに持って、何があろうと自分がしっかりせにゃならん!と思うので精一杯でしたから・・・

亡くなって、羨ましいと言われる人生は、なんと幸せか。
しかも、両親揃って・・・

考え方も、モノの見方もそっくりな方に、心からそう言って頂き、ホントに救われる思いがしました。
望んでも叶わない見事な幕引き、人生の終わり方は、なかなか自分では選べませんが、確かに自分も選べるなら親父やお袋の様に最期を迎えたいものだと・・・

・・・と、ふと不思議に思い、「ところで、今日、なんで、お電話下さったんですか?」ってお聞きしたら、「ずっと前から電話せにゃあイケんいけんと思いながら、なかなか出来ずに、今、やっと電話で来たんですよ、お父さんが出られたら、なんて言おうかドキドキしながら電話したんですよ」って言われて、流石に膝から崩れ落ちました・・・
「すみません、それはきっと親父が電話させたんだと思いますよ。息子が心配なんでしょう」って。

ずっと投げっぱなしだった親父の携帯、ここに持って来てなければ、知らない番号からの着信、後から折り返してたかどうか・・・
日にちも、時間も、少しでもずれていたら、救われた思いなんかしなかったでしょう。

それから、親父の携帯を解約するまでの約1ヶ月間、その電話は1回も鳴らなかったんですよ・・・


もう少しだけ、お付き合いくださいね。
by barbershop-silver | 2016-06-27 21:22 | 両親に感謝 | Comments(0)

山が海が・・・俺を呼んでいる?のか?!


by ひげおやじ